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◎口は一つに耳二つ(中島正)

口は 一つに、耳 二つ。
 されば いふこと 少くて、多く きく こそ よかりけれ。
口は 一つに、目は 二つ。
 されば 多くを 見て 知りて、えきなき はなし せぬぞ よき。
口は 一つに、手は 二つ。
 されば のみ くふ ことよりも、二ばい はたかけ 二ばい はたらけ。
 (注:さればは だからの意)

 ご紹介したのは、明治二十年の教科書「尋常小学読本1」に掲載されている文です。当時の小学一年生は難しい文でも音読を繰り返して覚えたようです。
 その時は意味が分からなくても、繰り返していくうちに、また年をへるに従い理解していったのでしょう。それはやがて子ども達の精神の基底をなしたのかも知れません。
「ニばい はたらけ ニばい はたらけ」の表現は多少疑問が残りますが、西欧列強からの植民地化を排し、富国強兵を目指した明治政府の思惑が見て取れるようです。今の時代には受け入れられない考えかも知れません。
 口は一つなのに耳は二つありますね。それは何故ですか。口は一つなのに目は二つありますね。それは何故ですか。この二つの問いかけはコミュニケーションの本質を衝いていると私には思えます。耳を傾け人の話をよく聞きましょう。見て、観察して相手や物事を深く理解しましょう、と小学一年生から教えていたことは素晴らしいと思います。
 このような教育の有り様が明治時代の日本の強さだったのでしょうか。私は小学生の子ども達とコミュニケーションについて一緒に学ぶ場を作れないかと考えています。子ども達が生き生きと生活し、学び、成長していける環境を作ることが今求められているのではないでしょうか。

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