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2010年12月

◎小さな存在の役割(倉科)

 先日、ある新聞のコラムに興味を引く記事が掲載されていました。それは、『小さな「っ」が消えた日』と言う話でした。
 五十音村に住む村人「あ」から「ん」までの文字たちが『五十音で唯一音を持たない小さい「っ」は役立たずだから要らないな』と話した。その日から小さい「っ」の姿が消えた。とたんに村は大混乱になった。

 ・かえった(帰った)が、かえた(変えた)に
 ・うったえる(訴える)が、うたえる(歌える)に
 ・いった(行った)が、いた(居た)に

なってしまった。 「一見無駄と思えても、存在する深い意味が必ずあると物語は教える」と書かれていました。

 今年も会社に8人の新入社員が入社しました。2週間の社員研修が終わり、それぞれの部署に配属が発表になった日の朝礼でスピーチの順番に当たった私はこの話をしました。物語を紹介した後に、
  「多くの先輩に囲まれた自分は小さな存在と思うかもしれないが、一人ひとりに大切な役割があるということを自覚しましょう。と、そして受け入れる側の先輩は大きな心で、小さな存在を大切に育てていきたい」と自分の思いを発表しました。

 この思いをまず私から取り組んでいこうと決めて日々仕事に励んでいます

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◎毎朝、コメントに困っています(M.O.)

 「おかあさん これどう?」「う~ん いいんじゃない?」
 最近、定番になっている娘との朝の会話です。いったい何がどう?なのか。なにがいいのか。これだけ では分かりませんよね。
 「この服と靴とあっている?」「どっちのコーディネイトがいい?」「カジュアルすぎかな?」 お年頃になった娘は、毎朝、出勤前の出がけに、その日に選んだ洋服や全身のコーディネイトの良し悪しを私に聞いてきます。
 このコメントが意外と難しく、四苦八苦しています。
 毎朝、私も出勤前の忙しい時間に娘の洋服どころではないのに結構気を遣ってます。

 なぜ、難しいかというと・・・・・
 以前にこんな失敗をしたことがあります。
 娘から2者選択で洋服のコーディネイト聞かれた際に、思ったことを正直に言って、ひどく娘のご機嫌を損ねたことがありました。忙しく出かける時間なので、おかしい、合っていない、他のもの良いと言われても、時間もないし、おかしいまま出かけなければならなくていやな気分になってしまったようでした。
 言葉だけ聞くと、どちらがいいか、良いのか悪いのか私の意見を求めているように受け取れますが、結局、これが曲者。実際、娘は、私の意見を聞いているわけではなく、自分が良いと思っている方を良いと言ってほしい。決めきれないので決めてほしい。より良い方を選んでほしい。という隠れたメッセージが込められているのです。 
 それ以来、娘のご機嫌を損ねないよう、娘の様子をみて、声のトーンや言葉づかいから判断し、「そうねぇ~」と時間稼ぎをして、「こっちは、大人っぽい感じ、こっちはお上品な感じ」なんて、どちらもいいわよ~コメントをすることにしています。
 言葉だけでなく、目や耳、心を使ったコミュニケーション、大事です。

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◎虫と私 その3―カツオブシムシ―(T.H.)  

虫と私の攻防―第3回は、カツオブシムシです。
率直に言って、カツオブシムシについて書くのは気が向きません。なぜなら、カツオブシムシを思い浮かべるだけで、鳥肌がたつほど気持ち悪いからです。

衣服が虫に食われていると感じたら、カツオブシムシに要注意。この虫は衣類などの毛を食べます。全身は毛に覆われて、こげ茶色をしています。こげ茶色の毛虫を思い浮かべてみてください。―あぁっ、気持ち悪い!!首筋あたりがゾクゾクしてきました。―  萩原芋虫.jpg

体長は小さいもので5ミリほど。大きくなると2センチほどにもなります。エサ(この場合は毛)を食べれば食べるほど、体が細長くなるようです。

私は以前、毛布をカツオブシムシに食われたことがあります。毛布についたカツオブシムシ。その姿を見るだけで気持ちが悪い。が、それ以上に気持ち悪いのは、カツオブシムシが毛布を食べた跡。もう、発狂寸前になりました。全身に鳥肌が立ち、声を上げて体を掻きむしりたくなる。そんな狂気です。

カツオブシムシを見つけたら、即、ティッシュでつまむ。そして何より、防虫剤をまんべんなく置くことが肝心です。これでもか、これでもか、と思うぐらい防虫剤を置く。我が家では「ムシューダ」を常時配備しています。秋から冬にかけて、カツオブシムシにはご用心あれ。

以上、虫と私の攻防をお伝えしました。虫は私のことをどう思っているのでしょう。

※画像は、アントゥーン・クリングス(作)、奥本 大三郎 (翻訳)、『にわの小さななかまたち』シリーズ、「いもむしのカミーユ」(岩波書店、2001)より。

◎「生かす」とはどんなことか(T.F.)

 「生かす」について、考えてみたいと思います。「生かす」は、よく
 ・チャンスを生かす
 ・経験を生かす
 ・言われたことを生かす
 こんなふうに、使われます。
 「『失敗』さえも、生かすことができます」「失敗と書いて成長と読む」
とは、プロ野球の楽天の監督をつとめた野村さんの言葉です。
 失敗も、これを生かすことで、成長の糧になるというわけです。
 「生かす」とは、プラスの方向に役立てるという意味です。

 人から言われた一言は、それによって元気になったり、元気をなくしたり、希望を持ったり、失望したり、楽しくもなれば、腹も立つといったふうに、プラス・マイナス両面に作用します。プラスに働けば、そのまま生かすことができますが、やる気を失ったり、恨みを持ったりした場合はどうでしょうか。

 知り合いの部長は、わたしにこう言ったものです。
 「人って、否定したら絶対ダメだということに、この年になって、やっと気がつきました。
 というのは、時間もかけ、自分なりに頭もつかって考えた、あるシステムについて、専務から、『この程度のこと、誰だって考えられる。どうってこともない』ばっさりと否定されて、悔しくて一晩、眠れなかったことがありました。
 仮にNOであって、『大変だっただろう』と、一言、ねぎらってくれたら、あれほど嫌な気分にはならなかっただろうにと、思ったことでした。でも、翌朝になって、考え直しました。わたしだって、部下、後輩に、
 『ダメじゃないか』『こんなこともわからんのか』『お前は何をやってもダメだな』など、否定的な言葉を発して、心を傷つけていたのではないか。相手を否定して嫌な思いをさせておいて、がっかりしている部下をつかまえて、『一体、やる気があるのか』と、追打ちをかけるようなことを言ってきたのではないか。

 部下がやる気をなくしているのは、自分がその原因をつくっていたのでは?専務に言われたことで、わたしは、自分に気付かされたのです。以来、『人って否定したら絶対ダメだ』ということがわかるようになりました」
 マイナスの反応でも、その気になれば、これを生かすことができるのですね。所謂「反面教師」というのは、部長にとっての専務だったわけです。

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◎「やきとりの味」(MA―K.)

 先日、車である町へ3日連続で出張したときのことです。
 帰りの道沿いの、大きな駐車場があるコンビニエンスストアの前を夕方だいたいお5時過ぎに通るのですが、その駐車場の一角とコンビニのオーナー宅と思われる大きな民家との間に軽トラを改造した立ち飲みやが毎日現れていました。
 
 真っ赤な暖簾には、や・き・と・り。ちょうど暑かったので「おっ、生ビールいいな~」と思い信号待ちで思わず見ていると、ランニング姿で既に一杯やっているご老人やサラリーマン、部活帰りの中学生がしばし自転車を止め、やきとりを食べながら楽しそうに話をしていました。

 やきとりを焼く真っ白煙が立ち上るなか、お年寄りから若者までが小さな立ち飲み屋を囲む。みんな笑顔でうれしそうだったのがとても印象的でした。

 ここでは「今時の若いものは」「今どきの大人って」なんて言葉は存在しないような雰囲気でした。今どきめずらしい!?希少な場所を発見、今度、車じゃないとき、行ってみようと思いました。
あの「やきとりの味」を共有しに・・・・。

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◎無財の七施(むざいのしちせ)(中島正)

 人が交わりを創るためには、お互いに信頼し、信頼される関係が大切であろう。そのためには相手の話をよく聞き理解することから始まる。この考え方が現在のコミュニケーションの基本ではないだろうか。
 約2500年前に編纂された「雑宝蔵経」(雑法蔵経)という経典に「無財の七施」という教えがある。これは財力による施しでなく、ささやかな七つの行いで周りを幸せにする方法と説かれている。
七施を簡単に紹介すると
顔施(げんせ):貧しい人も、老人や寝たきりの病人でも、その笑顔をみせることによって
         周囲の人々を明るく幸せにすることが出来る。         
眼施(がんせ):慈しみに満ちた優しい眼差しですべてに接すること。温かい心は自らの目
         を通して相手に伝わる。  
言施(ごんせ):人を幸せにするには聞き上手が大切。思いやりのある態度で言葉を交わす。
身施(身だしなみ、清潔ということ)、心施(心くばり)、床座施(席を譲る)、房舎施(雨、風をしのぐ所を与える)の七施である。
 人とは笑顔で接しましょう、アイコンタクトで気持ちを伝えましょう、聞き上手になりましょう、などがコミュニケーションの基本だと理解しているが2000年以上前に書かれた経経典に、既に説かれているとは驚きだ。
 しかし、よく考えてみると驚きではないのかもしれない。科学は先人の業績を引き継いで、それをベースに積み重ね、さらに発展させることが出来る。人の心は誰でも自分で一から築いていかなければならない。心を引き継ぐことはできないのだ。人との交わりはどうあるべきか突き詰めて考えると時代を超えて同じ答えになるのかもしれない。
 先人の教えのなかにわれわれ現代人が学ぶべきことが多く秘められているのかもしれないない。

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