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◎雨の日のマナー(T.U.)

 今年は雨がよく降ります。気温の上下変化も激しくて、体調管理が大変です。
 今朝も湯島から御徒町まで春日通りを歩いて行きましたが雨の中たくさんの人が傘をさして、すれ違うのが大変でした。狭い道では、すれ違う時には、傘を傾けて、お互い傘がぶつからな
いようにすれば、楽に歩けるのに、二人連れの人は歩道いっぱいに並んで、まっすぐに傘をむ
けて進んでくるのです。傘を傾けて会釈をしてくれるのは、六十代以上の高齢者だけであった
ことに気がつきました。
 年配者は、小学生時代、唐傘が雨の日の必需品でした。唐傘は、素材が紙と竹でしたから、
ちょっとでもぶつかると、簡単に破れてしまったのです。幼い子どもでも、モノの無い昭和二十年代、皆、傘を大切に使ったのです。私も、破って帰って、母親を困惑させた覚えがあります。
 今、当時洋傘と言っていた、こうもり傘になりましたので、傘の骨は鉄に、紙は布に変わり、大変丈夫な使い勝手の良いものになって、更に折り畳み傘になったりして、持って歩くのにも便利になりました。急に雨に降られても、鞄に一本入っています。
 戦後六十余年、生活は便利に豊かになりましたが、雨の日の傘をさして歩く時は、不便を感じます。雨の日のマナーが、年々悪くなっているように感じるのは、私だけでしょうか。

 雨の日の通勤時間帯、混み合う電車の中で、ふくらはぎの辺りが、ベターッと冷たく濡れてくることがあります。隣に立っている人の傘が、触っていたりするのです。
 駅の階段を上ろうとすると、前を上っている人が傘の先を後ろに水平に出していて、後ろを上って行く私の顔の前に光る鉄の棒が、チラチラしているのです。濡れた傘は立てた状態で持って歩かないと危険です。相手がいきなり立ち止まったりすれば、突き刺される恐れがあります。
 あれやこれやと心配し、危惧しながら電車に乗ったのですが、ふと「公衆道徳」という言葉を思い出しました。雨の日ばかりでなく、ラッシュアワーの電車から降りようと「降ります」と、かなり大きな声を出したつもりでも、目の前の一人だけしか身を引いてよけてくれません。ドアの前に立っていて、平然と全く姿勢を変えずに突っ立っています。何度も何度も「降ります」を繰り返すことになります。

 どうやら、近年、かつて「公衆道徳」と言われるような場面でのマナーが、どこかに行ってしまったように感じます。
 新社会人が今年も多く生まれました。四月には、新入社員研修が行なわれました。
 新入社員研修の中心は、マナー研修なのですが、それは社員として、お客様に接する時のマナー、社内で先輩や上司と接する時のマナーであって、公衆道徳的なことは含まれていません。
 本来は、子ども時代に親から教えられるものだからでしょう。それが教えられずに育ってしまった多くの大人。

 マナーとは、自分の行動が他人の迷惑になっていないかどうか気を配ることと言えるでしょう。
 傘は、自分が雨に濡れないためにさすのですが、狭い道を歩いていれば、すれ違う時は、相手に配慮して、お互いにちょっとずつ融通しあってこそ快適な傘での歩行が可能になります。
 「相手の人や周りの人に気配りできる人間でありたい」とつくづく感じ、私自身も、うっかりして迷惑をかけないようにしようと思いました。
 お気付きのことと思いますが、いまや「公衆道徳」は古めかしい、死語のような感じを与える言葉となっています。「公」の場で、お互いが快適に一時を過ごすための心得を表わす、今の時代感覚にピッタリした言葉を生み出す必要があるのではないかと思います。

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