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2010年4月

◎虫と私 その1―蚊―(T.H.)

我が家では、植木鉢がたくさんあるせいか、春から晩秋まで虫が出没します。蚊・クモ・カツオブシムシ。この三強トリオが私にとっての三恐です。

萩原はえ.jpgこの三匹以外にも虫は出没しますが、“一寸の虫にも五分の魂”―情けをもって接しています。たとえば、てんとう虫や蠅。彼らには生きるように勧め、彼らが家の中に入ろうと何度トライしても、私が懸命に逃します。

萩原てんとう.jpgしかし、蚊・クモ・カツオブシムシについては、この限りではありません。発見次第、即撃退です。“撃退”という表現では、いささか事実をぼかしているのです。実際は、抹殺です。殺すことに微塵もためらうことありません。無益な殺生とはこのことです。

同じ“虫”であっても、好き嫌い如何で、慈悲深くも残酷にもなれる。そして、酷な仕打ちのほうが、どういうわけか虫への思い入れが深い。これから3回にわたってお届けするのは、虫と私の攻防の話です。

第1回は、蚊です。

萩原か.jpg蚊ほど私を好いてくれる虫はいません。けれど、私はその好意を受け容れられません。耳元で蚊の羽音を聞くやいなや、目を光らせて戦闘開始です。

耳をすませて羽音を聞き、蚊を挟み撃ちにと両手をピシャリ。しかし、場数を踏んでいる私でさえ、百戦錬磨の蚊となると、双方譲らぬ五分と五分。相手はこちらの平手打ちを寸前でかわし、右へ左へ、上へ下へ。くるくる旋回するではありませんか。接近戦ではなかなか決着がつきません。

こうなったらスモーク攻めです。ここで取り出したるは、アースノーマット90日詰め替え用。蚊を一部屋に追い込んで、アースノーマットのスイッチ・オン。私は急いで部屋から出ます。待つこと一日、蚊の姿は跡形もありません。

“持久戦は粘り強く”。蚊がどうなったか途中で見に行っちゃ決して駄目だ、との心がけが今のところ功を奏しているようです。

    ※画像は、アントゥーン・クリングス(作)、奥本 大三郎 (翻訳)、
     『にわの小さななかまたち』シリーズ、
      「蚊のフレデリック」(岩波書店、2001)
      「はえのパトゥーシュ」(岩波書店、2002)
      「てんとうむしのベル」(岩波書店、2002)より。

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◎「まいど!」の一言が聞きたくて」(平岡)

 以前住んでいた駅の近くには有名な老舗ラーメン店から暖簾分けされたお店がありました。
 前から気になっていたお店だったので、ある日、夫と二人でその店に入りました。

  そこではお昼の忙しい時間帯にも拘らず、食事を済ませたお客に店の主人は、顔をあげて
 お客の目をみて、「ありがとうございます!まいど!」 「ありがとうございます!」
 と一人一人に元気な声をかけていました。
  私たちが食べ終わり店を出て行くときも、「ありがとうございます!」と声をかけていただきま
 した。ラーメンにも店の主人の対応にも満足しながら外にでると、ふと夫が、「ありがとうって言
 われたけど、まいどとは言われなかったね。当たり前か、初めて入ったから。」「そういえば言
 われてないね」
 そして、その時二人に芽生えた共通の思いは、

  「あの主人にまいど!って言ってもらいたいよね~!」

  帰り道に早速作戦会議(?)開始です。

  (夫)「やっぱり『まいど!』って言われるためには、毎日通わないとだめかなぁ」
  (私)「いくらなんでもそれは難しいよね」
  (夫)「でもさ、できるだけ定期的に通おうよ」

 そして私たちは、なるべく予定をあわせ、仕事帰りや休みの日にそのお店に通いました。

  それから3ヶ月位経ち、いつものようにラーメンを食べ終え、お店を出ようとすると、ご主人の
 口から、私たちに向けて「ありがとうございます!まいど!」と 言う言葉が発せられたのです。
  外にでるやいなや、二人で「やった~!まいどって言ってもらえたー!」
 と手を叩いて喜び、お互いに意気揚々としながら家路につきました。
  その後も、引っ越すまで、店の主人の発してくれる一言をとても楽しみに、そのラーメン店に
 はちょくちょく顔を出していました。

  今おもえば、どうしてそんな一言のためにこだわり続けたのかわからないのですが、
 それほど、店の主人の心のこもった「まいど」のフレーズに心惹かれ、感謝の気持ち
 を伝えているご主人の姿に、私たちはラーメン以上にファンになってしまったのです。
 たかが「まいど」、されど「まいど」です。

  たまに美味しいラーメンが食べたくなると、店の主人の「まいど」の一言が聞きたいがために、
 お店に通いつめていた出来事を懐かしく思い出します。

◎「まさか」に遭遇です(山口)

  先日,南千住のビジネスホテルに泊まったときの事です。
  焼き鳥屋で一杯やってから眠りに着こうかと・・・。
  その前にひとふろ浴びてからと思い,ホテル内の共同浴場に入りました。
  既に初老の先客が一人湯船に。

  黙って洗っているのもと思い,声を掛けてみました。
   「よく利用されるんですか。」
   「以前に1度利用したことがありましてね・・・」
   「そうですか。」
   「近くに安くていいところってありますかね。」すでに頭の中は焼き鳥屋さんに。
   「ここは駅からちょっと遠いですけど,今は駅に近いところに安いホテルがたく
    さんできてますよね。学生さんとかも結構利用するみたいですね。ここは雨
    でも降るとバスとかでいかないとね・・・。」

   「あれっ!?」「そうですよね。」
  こちらの思いが相手になかなか伝わりませんね。
  ある政治家が言っていたセリフを思い出しました。

   「人生には三つの坂がある。
     それは『上り坂』と『下り坂』と…,『まさか』だ

◎「言葉を育てる」(伊能) 

  近くの小学校の「校長だより」に次の様なことが書いてありました。
     ・・・・・・・☆・・・・・・・☆・・・・・・・☆・・・・・・・☆・・・・・・
  私は、生徒から、「校長先生、ごみ」と言われたことがあります。
  「私はごみではないぞ」と思いながらも、手にごみを持っていたので、「あぁこの子はごみ
 を拾ってくれたんだ」と思い直しました。
  「校長先生トイレ」と言われたこともありました。その時は「私はトイレではありません」と
 言いました。
  「校長先生トイレに行っていいですか」と聞けば良いことを教えました。

  短い言葉だけを並べて自分の思いを伝えようとするのを、ある大学の先生が 「酔っぱら
 い言葉」と名付けました。相手への思いやりや、優しさ、心づかいが感じられません。
  そんな子供たちに気づかせていきたいと思います。
     ・・・・・・・☆・・・・・・・☆・・・・・・・☆・・・・・・・☆・・・・・・

  このお便りを見て、私は大人の責任があるのではないかと考えさせられました。
  少子化の時代、親は子供の言うことを最後まで聞かずに、「どうしたの○○なの」「△□
 でしょ!」などと、先取りして助け舟をだしてしまいます。
  「ことばを育てる」ことを考えていないのではないかという気がします。

  幼児がことばを覚える時期は、会話の時に、子供の目線に合わせて「考える時間」を待
 つことが必要だと思います。
  それなのに、「こどものことば」を、笑顔で待つ大人の心のゆとりがなくなり、親の都合で
 せかせてしまっています。それでは「ゴミ」「トイレ」で通じてしまいますから更に単語だけの
 会話になってしまいます。

  幼児の会話の力を育てるには、気持ちや考えを伝えようとする子供の言葉を、おしまいま
 でじっと聞くことが必要です。
  例えば、子供が「ゴミ」と言ったら、「ゴミがどうしたの?」と、ゴミだけでは伝わらないこと
 を教えて、「ゴミ拾ってきたよ・・・どこに入れる?」と言えるように、日々の生活の中で実感
 させて教えていくことが、言葉を育てることになるのではないでしょうか。

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